離婚する時に親権を決めるときに、日本では親権のほとんどが母親側になっています。
たとえ妻側が浮気していたとしても、離婚時に母親が親権をとるのは、およそ9割近いデータがあります。
離婚裁判や調停での裁判所の考え方は、母性優先の考え方です。
子供が自分の意思を持てない、小学生低学年くらいの小さいうちであれば母親が有利になります。
しかし、母親の側がウソをついていたり、とんでもない隠し事がバレてしまうと、母親に決まりかけていた親権が父親の方になることもあります。
この離婚体験談では、母親のウソがばれ、離婚調停で親権が父親になった例を紹介しています。
運送会社に勤める長距離トラックの運転手の夫(33歳)。
一方で、妻は保険のおねぇさん(30歳)をしています。
結婚6年で、夫婦は郊外でマンションを購入し、3歳の子供がいます。
もともと夫は法律事務の仕事を社員をしていたのですが、体力に自信がありました。
そこで、マンションを購入するために実入りのいい長距離トラックの運転手に転身したのです。
転職後、すでに6年が経ちます。
夫婦は結婚後、夫の実家で新婚生活を送っていたのですが、嫁姑の仲がいいとはいえなかったのです。
そこで、結婚してから1年後には近所のアパートを借りて実家を出たのです。
そして、つい1年半ほど前に念願叶って、マンションを購入し引っ越しました。
が、同時に不況によって夫の収入が減る一方でした。
長距離トラックは深夜に走ることが多く、そのために、夫は留守がちになって奥さんとはすれ違いが多い生活の場合が多い生活が続いていました。
たまに夫が早く帰ってきても、妻は保険の仕事で働きに出ている場合が多かったのです。
そんなときには、子供は日頃は仲の悪い夫の実家の姑にちゃっかり預けられていたりするんです。
これでは、「子供が寂しくはないか」、と心配でしたが、夫は妻に文句の一つもいえませんでした。
むしろ、住宅ローンを抱えて大変な生活状態なので、家計の足しにとがんばっている妻に感謝さえしていたのです。
そんなわけで、妻がたまに保険の勧誘のための接待で酔っ払って帰ってくることがあっても、夫は怒るどころか優しく介抱さえしていました。
しかし、そうした夫の態度が一変する出来事がでてきました。
ある日、妻が自分から「妊娠したらしい」と言ったのです。
夫は驚きました。
というのは、この夫婦の間には、男女の営みはここ数ヶ月ありませんでした。
そのことを夫が妻に言うと、
「冗談よ......」
と笑いました。
が、その表情は明らかにひきずっていました。
どうしても妻の言動が腑に落ちない夫は、こっそり鏡台の下にしまっている健康保険関連の資料を見ました。
そこには、最近妻が行ったと思われる産婦人科の名が記載されている受診カードがありました。
夫は、すぐさま病院に連絡をとってみました。
「○○といいます。妻がそちらでお世話になっています。その件で担当の先生にお話をうかがいたいのですが....」
電話の相手にそう言うと、しばらくしてから医師が電話に出ました。
「奥さんがどうかされましたか?」
「実は、妻が妊娠している子は私の子ではないと思うので、血液鑑定してもらえませんか?」
用件を伝えた後で、夫はびっしょり汗をかいていました。
「えっ!!!
胎児は先日、中絶しましたが・・・・
あなたからの同意書ももらっていますよ」
医師の声も驚いた様子だったのですが、話を聞かされた夫はもっとびっくりしました。
できるだけ冷静な声で
「そうですか。わかりました。」
というのがやっとでした。
事情を聞きたがる医師の声を振り切って、電話を切りました。
この日以来、夫は妻に対する態度が変わりました。
しかし、どうしてもその理由を妻にはどうしても言うことができませんでした。
「中絶」の話したら離婚するしかない、と思ったからです。
夫は人一倍家庭のために一生懸命に働いてきた、という気持ちがありました。
それが、妻の裏切りにあったので、この先の希望が一切持てなくなってしまいました。
「節約のために」とやめていた酒も飲み始めました。
しらふだとおかしくなってしまいそうな自分を、飲酒することでまぎらわせたかったんです。
酔って帰ると妻に殴る蹴るの暴行もしてしまうようになりました。
そうこうしているうちに、働く気も失せてしまい、不況の影響もあって会社から勤務不良を理由にリストラされてしまったのです。
家では朝から酒びたりの生活です。
そのうち、そんな生活に耐えられず妻は家を出て行きました。
妻の父母はすでに他界していたので、戻る家はなく、友人のアパートに転がり込んだ、という形です。
かわいそうなのは、まだ3歳の子供です。
夫の母親に預けっぱなしのままだったのです。
不憫に思った夫は、自分がしっかりしなければ、と思い再び働き始めるようになりました。
そして、妻が出て行ってから1ヶ月後、いきなり夫に家庭裁判所から呼び出しがあったのです。
妻が離婚の調停申立をしたのです。
夫は 『いつでも離婚に応じてやるのに、裁判所に調停の申立なんかして、とんでもない女だ』 と怒りにうち震えました。
最初の調停の日に、夫は家庭裁判所に行くか行くまいか、時間ぎりぎりまで迷っていました。
しかし、早く決着をつけたい!と思い意を決して行くことにしました。
家庭裁判所の調停では、まず奥さんから離婚の申立がなされていることが正式に伝えられ、どう思うかを調停委員から聞かれました。
妻の離婚申立ての理由の欄には、「夫が暴力をふるうから」と記載されていたのです。
夫は 『悪いのはそっちじゃないか』 と内心思っていましたが、今さらどうでもいいことでした。
「離婚してもいいです。」
夫はすぐに答えました。
そして、これでもう悩まなくてすむはず、と安堵したのです。
これですべてが終わった、と思い帰ろうとすると、調停委員に呼び止められたのです。
調停委員は
「待ってください。まだ、決めなければならないことがあります。
子供の親権者が決まらないと離婚はできないんですよ。
それに財産分与や慰謝料についても、奥さんの意向があるようですよ。」
夫は、
「子供は私が育てます。慰謝料なんて払えませんよ。」
そう言い切りました。夫にしてみれば腹立たしいばかりです。
調停委員は
「お気持ちはわかりますが、奥さんは子供は自分が引き取って育てたい、と言っておられます。
それにいま住んでおられるマンションは共稼ぎで買ったそうですね。財産分与も必要でしょう。」
夫の怒りは頂点に達していました。
「まぁ、今日はこれくらいにして、次回の調停までに少し考えをまとめておいてください。」
第一回目の調停は、妻に会うこともなく、妻の一方的な要求を突きつけられて終わったのです。
夫が家に帰ると、母が来て3歳の子供のめんどうを見ていました。
その母に、家庭裁判所での様子を話しました。
母は、
「子供だけは絶対に渡さないわよ。うちの大事な跡取り息子ですからね。私が育てます。」
血相を変えて母はいいました。
夫も冷静になって考えてみましたが、やはり、子供は跡取り息子として引き取る方がいい、と思いました。
第二回目の調停が1ヶ月後にあり、そこでも、夫は妻に会うことはありませんでした。
自分と妻が会えば、暴力を働くのではないか、警戒しているようでした。
それだけ、妻の言い分を裁判所は鵜呑みにして、夫のことを暴力的な夫とだけ見ているようでした。
控え室も別々で、会うことがないように配慮されていました。
この件に限らず、離婚調停では夫婦が顔を合わせることないように、控え室は別々になっているのが通常です。
男女一人ずついる調停委員うち、男性の方が切り出しました。
「まず、財産分与ですが、奥さんは500万円を要求しています。
根拠は、自分が働いて住宅の購入費に回った分がそれぐらい、ということですが、、、、、。
慰謝料は200万円ということです。」
「一方的に出て行ったのは妻です。なのになぜ、700万円も出さなければならないのですか?」
夫は理不尽な要求だと思いました。
「出て行くには出て行くなりの原因があなたにあったんでしょう。
それに、あなたが言っているのは慰謝料の200万円の問題で、財産分与の問題とは別です。
財産分与はどちらがいいとか悪いとかの問題ではなく離婚にともなう今まで二人で築いてきた財産の分割です。」
「裁判所がそう判断されるならそれでいいです。」
短気になってしまった夫は、財産分与の500万円と慰謝料の200万円も了解しました。
本当は、お金のことはどうでもよかったのです。
調停委員は話を次にうつしました。
「では、次に、お子さんの問題ですが、あなたも奥さんも子供は引き取りたい、と言っておられる。
私たち調停委員は、お子さんはまだ3歳だし、奥さんが親権者になるのが一番いいと思います。
・・・・・・補足しますと、親権とは・・・・・・」
そう言って、調停委員は親権について長々と話し始めました。
親権の詳しい説明は→「親権」とはどういうもの?
およそ10分ほどの長い説明の後に夫は、
「子育ては私の母がすると言っています。子供は大事な跡取り、これだけは絶対に譲れません。」
夫は母との約束もあり、この親権だけは譲れない、と思っていました。
「そうですか、今日はこれまでにしましょう。次回までに親権者のことは考えておいてください。」
裁判所を出ると、夫は『なんとかしなければ』と思いました。
確かに、幼児は母親が育てるのが一番いいのかもしれません。
でも、妻のような素行の悪い女に育てられたら、どんな大人になるかと心配でした。
おそらく、妻は自分のことを「すぐに暴力をふるう夫」だと調停委員に強調して言っているのだろう、と想像していました。
さらに1ヶ月後の、三回目の調停は最初から大荒れでした。
いままで夫と妻は別々に意見を聞かれていたのですが、今回は調停でも同席で議論ということになったからです。
「息子は僕とお母さんで育てる」
夫は妻に面と向かって言いました。
「私の子です。実の母親の私が育てた方が幸せに決まっています。会社には託児所もありますから・・・・・・・」
妻も黙っていません。
調停の冒頭からこうした激しいやりとりに終始しました。
「どうでしょう。親権者にはお父さんがなって、監護権者にはお母さんがなるということでは・・・・・・」
調停委員が仲裁に入りました。
「それは認められません。だって、それだと子供は妻と一緒に生活するということではないんですか?
こんな浮気女に大事な子供は渡せませんよ」
夫はすっかり興奮していました。
「奥さんが浮気されたんですか?」
意外そうな目で調停委員は妻の方を見ました。
「そんなことはしていません」
妻は認めようとしませんでした。
「僕は知っているんだ。僕が承諾したことにして、浮気でできた子供を中絶しただろう!」
夫は絶対に言いたくないことでした。それは、夫自身にとっても不名誉なことだったからです。
しかし、追い詰められて言わざるを得なかったのです。
「奥さん、本当ですか」
調停委員はすかさず聞きました。
妻は黙ったまま下を向いていたのですが、小さくうなずきました。
こうして子供の親権者は夫ということになり、財産分与と慰謝料はゼロ。
最後の最後で、夫と妻の戦いは終わったのです。
離婚時の『親権』はどのように決められるのでしょうか?
先進国では日本だけが、「単独親権」を採用しています。
ということは、離婚した後は片方の親しか親権を取得することができないということです。
単独親権が問題視されているのは、
などトラブルが生じるからなんですね。
たてまえでは、親権は「子供にとって、父親と母親のどちらの親に育てられることがふさわしいか」、という観点から決められることになります。
司法統計によると、10数年ほど前の平成22年度で家庭裁判所で扱った調停・審判事件のうち、子の親権を
となっています。
これを率に直すと、約90%が母親が親権者となっています。
これは、母親が別居時に子供の監護・養育をしている場合が多いからです。
逆に言えば、別居時に子供の監護・養育できない場合は、育児放棄・家事放棄、素行がよくないので親権者としてふさわしくない母親になり、親権者は父親になることがあります。
素直に考えて見れば、女性だから子育てができる、という思考は100%あたっているわけではないですよね。
妻である女性側も、
「離婚して子どもの親権をとれないと、女性として失格、と思われるのがイヤ」
と、子育てをする意欲もないのにプライドと見栄だけで、親権を得ようとする場合もあります。
離婚の経緯はそれぞれの夫婦によって違いますが、
という場合は、男性である夫側が子どもを引き取って、子育てに長けている可能性も十分にあるわけです。
家庭裁判所の調停や離婚訴訟になると、当然に女性が子供を育てるような方向にもっていこうとする力が働いていることを感じますが、そこは、粘り強く、賢く、子供のためになりような結果になってほしいですね。
離婚時に未成年の子供がいたときには、父親か母親のどちらかが親の代わりとしての親権者になります。
日本では不倫した妻でも母親が親権者になるくらい母親優先なのが現状です。
ただ、今回の離婚体験談のように、調停で妻の究極のウソは親権もくつがえすこともあります。
「離婚」を言い出す前にする『離婚』を考えたときすべき準備とは